東京異界録

遠クヘ行キタイ 知ラナイ街ヲ歩イテミタイ

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中野光座解体(39)五差路その後2

中野光座跡その後2

記録的な残暑が続くなか、約1ヶ月振りに中野光座跡を見て来ました。

跡地の内、道路拡張予定地が既に簡易舗装されています。

中野光座その後2

中野光座その後2

中野光座その後2

中野光座その後2

中野光座その後2

巷では秋祭りの季節、しかしここ五差路近辺ではまた1軒建物が解体されていました。

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  1. 2010/09/13(月) 22:01:32|
  2. 東京-中野光座
  3. | コメント:0

中野光座解体(38)五差路その後1

中野光座跡その後1

今夜は雷雨! ということで雷鳴轟く中野光座跡を見てきました。

隣の石森ビル跡地では既にマンション建設工事が始まっているようです。

中野光座その後1

中野光座その後1

中野光座その後1

中野五差路周辺案内図その13

中野駅北口に設置されている「NAKANO一番街まっぷ」、駅近辺で唯一?のガイドマップ。

  1. 2010/08/18(水) 22:55:11|
  2. 東京-中野光座
  3. | コメント:0

中野光座解体(37)

中野光座解体記録の総集編(後編)、6月解体工事開始~7月工事終了まで・・・

建物全体がパネルに覆われてさすがに解体工事に気付いた方も多いのでは。

やがて重機の騒音が聞こえるだけで人々の関心が薄れた頃、約2カ月間の工事が終わり突然出現した中野光座跡の更地を目撃した人々の驚きと戸惑いの様子は予想以上でした。

中野光座解体37

解体直前の中野光座(赤羽ビル)、トタニズムの極致と言える中野最大の昭和遺産(2010.6.2撮影)

中野光座解体37

ついに来るべき時が・・・建物入り口閉鎖!(2010.6.4撮影)

中野光座解体37

内装の解体作業が着々と進行中(2010.6.8撮影)

中野光座解体37

外装の撤去作業中、中野光座の入り口が垣間見える(2010.6.12撮影)

中野光座解体37

光座の看板も見納め、1週間後には建物外観がパネルで完全に覆われました(2010.6.14撮影)

中野光座解体37

重機2台による本格的な解体作業(2010.6.29撮影)

中野光座解体37

工事パネル内の現場では建物内側から着々と解体進行中(2010.7.2撮影)

中野光座解体37

工事パネルを撤去しながら建物外壁を解体中、ついに光座の看板も・・・(2010.7.5撮影)

中野光座解体37

解体工事も瓦礫の撤去を残してほぼ終了(2010.7.21撮影)

中野光座解体37

中野光座完全消滅後に出現した束の間の真空地帯(2010.7.31撮影)

中野五差路の台風の目とも言えるこの虚無の空間こそ50年間に渡ってここに存在し続けた中野光座の遺産なのでしょう。

やがてその痕跡が跡形もなく消え去ろうとも心の遺産として多くの人々の記憶に残って欲しいと願います。

・・・以上で中野光座(赤羽ビル)解体記録総集編終了です。

中野五差路近辺は他にも昭和的物件が多く、再開発の経過も含め今後も調査・記録を継続、必要に応じて紹介していきたいと思います。

・・・かつて中野で15年間生活し、現在も仕事の関係で中野に通勤。

そんな中野歴30年の私にとって中野光座解体はある意味ビッグニュースでした。

ちょうどブログを始めるために各地を取材中でしたが、近場で毎日通えるため最初の物件として解体工事の連続記録を思い立ちました。

ブログ開始後第一号物件となった中野光座ですが、試行錯誤の手探り状態ながらも何とか廃墟系有名物件の解体工事という得難い機会を記録に残すことが出来ました。

これからも地道にマイペースで有名無名な昭和的物件を調査・記録・紹介していきたいと思っています。

・・・次回はジブリ・アニメの新作公開にちなんでトトロ的物件を連続紹介の予定。

  1. 2010/08/03(火) 22:56:28|
  2. 東京-中野光座
  3. | コメント:0

中野光座解体(36)

中野光座解体記録の総集編(中編)、4月~5月の解体工事開始直前まで・・・

解体工事が告示されたものの外観に特に変化は無く、内部にも普通に入れる状況が続いていたので一般の人達にはほとんど解体の実感が無かったのでは・・・。

この時期に噂を聞いて訪れた方々は廃墟的物件の最後の姿を見届けてその消滅を惜しんだことでしょう。

中野光座解体36

どこから見ても昭和の風情濃厚な解体前の中野センター(2010.5.16撮影)

中野光座解体36

中野五差路交差点は平面的ねじれだけでなく意外と高低差もある(2010.5.18撮影)

中野光座解体36

まさに光座(赤羽ビル)の名の如く陽射しを浴びて赤く光り輝く外観(2010.5.21撮影)

中野光座解体36

建物内は相変わらず時の止まったような空間(2010.5.25撮影)

中野光座解体36

往来の人々もほとんど気付かないまま、静かに解体準備が進行中(2010.5.26撮影)

中野光座解体36

やがてカウントダウンが始まったかのように止まっていた時間が動き出す(2010.5.28撮影)

中野光座解体36

時には思わぬ機会に遭遇することも・・・(2010.5.29撮影)

中野光座解体36

中野センター(石森ビル)解体以来、この時期に3日間だけの東側面露出でした(2010.5.29撮影)

中野光座解体36

建物内側もいよいよ見納めの気配(2010.5.29撮影)

中野光座解体36

中野光座のネオン看板はいつ頃まで灯っていたのでしょう・・・(2010.5.29撮影)

5月に入ると解体工事の告示、建物内部の整理、外装の一部処理、周辺測量や工事関係者?の出入りなど一般の人達がほとんど気付かないところで工事の準備が始まりました。

・・・中野光座解体記録の総集編(後編)に続く。

  1. 2010/08/02(月) 22:51:38|
  2. 東京-中野光座
  3. | コメント:0

中野光座解体(35)

解体工事開始前から解体終了までの半年間の軌跡を写真で回想してみたいと思います。

まずは中野光座解体記録の総集編(前編)、2月~3月営業店舗完全撤退まで・・・

ちなみにこの建物の正式名称(?)は赤羽ビルと言うようです。

これは管理者の方のお名前(赤羽さん)と同一名称ですが、建物の外観もまさに赤い羽を広げたようで偶然の一致?とはいえ、言い得て妙ですね~。

中野光座解体35

中野最大の昭和的物件中野光座解体!と聞き再探訪、赤い建物はまだ健在(2010.2.12撮影)

中野光座解体35

角の「清和堂印舗」閉店、残る営業店は料理屋「ばんば」と雀荘「緑園」(2010.2.12撮影)

中野光座解体35

昨年末に解体済みの中野センター(石森ビル)跡地はその後一時駐車場に(2010.2.12撮影)

中野光座解体35

昭和の時代にタイムスリップしたような路地裏的空間も健在(2010.2.26撮影)

中野光座解体35

間もなく昭和の残景がまた一つ静かに消えようとしている(2010.2.26撮影)

中野光座解体35

この看板も今はどこへ・・・「さよならだけが人生なのだ!」(2010.2.26撮影)

中野光座解体35

光と影のコントラストが絶妙な得難い異世界スポット(2010.2.26撮影)

中野光座解体35

築50年、いつまでも記憶に残る中野南口最大のシンボル(2010.3.10撮影)

中野光座解体35

時代に取り残された空間にもついに終焉の時が迫る(2010.3.10撮影)

中野光座解体35

中野光座最後の砦もついに落城、それにしても開業60年とは・・・(2010.3.10撮影)

おそらく中野センター(赤羽ビル)建築以前、戦後間もなく五差路近辺の空き地に存在したと言われる闇市的商店街での開業だったのではないでしょうか。

・・・中野光座解体記録の総集編(中編)に続く。

  1. 2010/08/01(日) 18:22:52|
  2. 東京-中野光座
  3. | コメント:0
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